学習成果を保証するという同一の目標に向かっているにも関わらず、アカデミック・インテグリティへの取り組みはアジア太平洋の諸地域で異なります。「アカデミック・インテグリティ」という言葉と、それに関する方策は西洋の哲学と実践に基づいているため、オーストラリアとニュージーランドの高等教育機関がこの分野で確かな足場を築いているのも当然です。しかし、21世紀のニーズに応えて教育の国際化が進み、南アジアや東南アジア、北東アジアの教育市場全体では、アカデミック・インテグリティ、および研究公正への関心がますます高まっています。
アカデミック・インテグリティとは「教員、学生、研究者など、学術界に属するすべての人々が、正直、信頼、公正、敬意、責任をもって行動することへの期待」と定義されています(TEQSA)。アカデミック・インテグリティが指導と学習にとって非常に有益であることは広く認められていますが、アカデミック・インテグリティがどのように提唱され、尊重され、管理されるのかには文化的要因が関連しています。世界的な学術協力の指針として、認知度の高いベンチマークが推進される一方で、学習における公正の精神そのものが大学生の独創性と批判的思考力を育み、発展途上国の国づくりを支えるとの見方もあります。
このような新たなアカデミック・インテグリティ市場について、なにがアカデミック・インテグリティを推進しているのか、それが地域全体の成長にどのように貢献しうるのかを見てみましょう。
アカデミック・インテグリティが注目を浴びる現状
近年、アカデミック・インテグリティへの注目が高まった明らかな要因は、オンラインでのリモート学習への移行により学術不正への懸念が高まったことでしょう。コロナ禍によりデジタル教育環境への移行が進んだことで、教育機関側のさまざまな準備不足が露呈しました。オンラインでの非同期学習で学生を公正に評価したり不正行為を防いだりするための戦略が欠如していたこともそのひとつです。すでに時代を先取りしてデジタルでの教育プログラムを導入していた教育機関でさえ、従来の対面方式と同様の安全が守られない試験環境に苦慮し、フィリピンやインドネシアでは、総括的評価のためのハイステイクス・テストの中止や削減など、一時的な措置が見られました。 過去2年間のリモート学習期間をとおして、各地のメディアでは学生の不正行為の増加が取りざたされ、盗用・剽窃や論文代行、テクノロジーを用いた不正行為などが報じられてきました。実際にそのような不正行為の増加に気づいたり、少なくとも学生の学術不正を防ぐための安全対策を導入したりしている教育機関もあるでしょう。もちろん、不正行為のためにテクノロジーが悪用されることが、テクノロジーがもたらす多くのメリットを帳消しにするとは考えられません。もし、教育機関がペンと紙のアナログな完全対面式に戻ろうとするなら、イノベーションを遅らせるリスクがあることを考慮する必要があります。今のデジタル・ネイティブな学生は、将来の職業生活で必須のテクノロジーを、責任をもって倫理的に使えるように、デジタルリテラシーを学ばなければなりません。それは自分の力で学術目標を達成することから始まるのです。
産業界の需要における公正性の役割
教育機関がアカデミック・インテグリティの取り組みを強化するもうひとつの動機は、社会的な課題への解決策を考える創造力、批判的思考力、課題解決能力をもち、急速に進化する世界に適応できる人材を育成してほしいという、産業界からの期待が高まっていることです。これは、アジア諸国にとっては従来の暗記学習モデルを再評価することを意味するため、とくに重要な動機です。アジア文化では独創性よりも模倣を好み、その結果として盗用・剽窃が常態化していました。間違いなく、そのような学習モデルは現代の教育目的にはそぐわないものです。職業的な実践を見越した応用学習を支援し、学生に独自の思考の価値を認識させてその能力を育成するために、アカデミック・インテグリティが重要な役割を果たします。
それに加えて、初期の学問的な習慣が大学院での研究習慣に重要な影響を与えるという事実、大学の発展と大学ランキングのためには、研究成果の公表が必須となっている現実もあります。このような状況のもとで、教育機関は、アカデミック・インテグリティが学習成果や市民への説明責任、さらには社会調和に与えるドミノ効果を見落とすわけにはいきません。
従来のアカデミック・インテグリティの取り組みの強化
では、アジア太平洋地域の教育機関が、将来にわたって教育内容を守り、教職員と学生への義務を果たすためにアカデミック・インテグリティへの取り組みを強化するにはどのようにすればいいのでしょうか。オーストラリアのようにアカデミック・インテグリティの教育プログラムが確立されている国では、アカデミック・インテグリティが戦略的ビジョンに組み込まれており、例えばすべての学生の提出物を精査するなど、教育・研究のエコシステム全体のコンプライアンス対策に反映されています。他方、スタート地点にたったばかりの教育機関では、いまだに方針の策定や公正違反を特定するための教職員研修、不正行為の検知と予防を組織全体に展開するための方策に取り組んでいる最中かもしれません。
「アカデミック・インテグリティ・ハンドブック2016」のなかで故トレイシー・ブレタグ教授が、アカデミック・インテグリティについてオーストラリアやニュージーランドですでに行われている研究や試行錯誤から、発展中の国々が学ぶべきことについて話しています。「アジアのアカデミック・インテグリティの研究者は、世界中で過去20年間にわたって発展してきたベストプラクティスを採用できるという点で、すばらしい立場にいます」その一例が、オーストラリアの高等教育質保証機構(TEQSA)と高等教育質保証機構国際ネットワーク(INQAAHE)とのパートナーシップで、知識の共有を通じて日本や韓国、フィリピンといった国々ですでに培われた基礎をいかそうとするものです。
成長戦略としてのアカデミック・インテグリティ
アカデミック・インテグリティの国際的な枠組みや、それが世界経済に与える影響に触れることが、アジアでのアカデミック・インテグリティの発展にとって重要で、法整備や関係者の承諾につながることも明らかになっています。たとえばインドでは、アカデミック・インテグリティ戦略が2018年以前はまだまだ未熟な状態でした。公正性に対してなにもしないことが国家の足かせになっていることを認識した大学助成委員会(UGC)が、「 UGC(高等教育機関におけるアカデミック・インテグリティの促進と盗用・剽窃の防止)規定 2018」を制定し、仕事の即戦力となる大卒者を輩出して国際的な競争力を保つために、品質基準の引き上げを図りました。
もちろん、重大な変化は一夜にして起こるものではありません。国際的な大学づくりのためのインドネシアの取り組みに見られるように、学生と教員が活躍できる環境をつくるうえで、政府の方針はパズルの1ピースにすぎません。アカデミック・インテグリティを推進し、成功へ向けて歩を進めるには、現場の最前線にいる教員の力が欠かせません。関西国際大学の山本 敏幸教授はアカデミック・インテグリティの海外での取り組みを研究し、日本の教育の伝統である模倣の文化を問い直し、独創性を広げるために尽力しています。フィリピンの大学で、遠隔教育学科長を務めるステラ・ステファニー氏は、真正な学習評価と公正な学習成果を実現するものとしてデジタル学習を推進しています。
事後対応的なアカデミック・インテグリティ方策を積極的な予防に変える
歴史的に見て、アカデミック・インテグリティ教育の発端には、罪と罰モデルがありました。不正行為を行った学生を懲戒し、そのような罰則により学生たちの逸脱行動を抑止しようとするものでした。このような事後対応的なアプローチは、学術不正の深刻さを正しく認識してはいるものの、学生ひとりひとりが学問水準を理解する役にはほとんど立たず、捕まるはずがないと信じる学生に不正行為を思いとどまらせることも不可能です。また、このような考え方は、意図的ではない、純粋なスキル不足から生じる不正行為を解決することもできません。
注目すべき一連の研究では、短絡的な学習や悪習慣が不正行為としてパターン化する前に予防する、公正を守るための教育的・予防的なアプローチが効果的であると指摘されています。そのようなアプローチのなかには、形成的なフィードバックの実施や、学生の価値観とアカデミック・ライティングのスキルを育てる取り組みがあります。そのような授業により、学生は引用間違いを減らし、言い換えスキルを身につけ、求められる期待について具体的に理解することができるようになります。このような考えのもと、ターンイットインは、Feedback Studioなどの製品を通じて、世界中の教育の公正を守り、学習成果を向上させようとしています。また、当社の教育イノベーションチームは、アカデミック・インテグリティや盗用・剽窃、ライティングの独自性について授業内で対話を行う際の資料となるよう、リソース・ライブラリも準備しています。
このように公正のリスクを管理することで、学生は教室の外でもアカデミック・インテグリティを守り、卒業後も、職場で倫理的に行動することが期待されます。もちろん、教員の時間には限りがあるので、このような公正への取り組みを大規模で展開するにはアナログな方法では不十分でしょう。アジアの発展途上国で、教育機関が学生の不正行為という苦境を乗り越えるには、将来のためのデジタルインフラ整備において形成的な学習機会を提供するテクノロジーを導入することが重要な鍵となります。
アカデミック・インテグリティの文化を築く
アカデミック・インテグリティ方策の実施が困難であることは間違いありません。それゆえに、発展途上国や新たなアカデミック・インテグリティ市場は一貫性のなさに悩まされているのです。通常、公正プログラムのための投資に関しては、学部生よりもリスクの高い大学院生の成果に注意が集まる傾向があります。しかしそれは、アカデミック・インテグリティ自体が継続的なものであり、初期教育の重要性を誤解しているので問題です。
アカデミック・インテグリティ方策を教育のエコシステム全体を通して、すべてのレベルで実施すると、スタッフと学生のあいだで求められる期待が明確になり、すべての評価や授業で、強い足場を築くことができます。アカデミック・インテグリティは、単に盗用・剽窃を捕まえること以上の意味をもちます。公正な文化を築くことが、国や社会に十分に貢献できる公正な市民を育てることにつながるのです。